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神戸地方裁判所 昭和62年(ワ)929号 判決

原告 有限会社カルチャープラン

右代表者代表取締役 寺地俊二

右訴訟代理人弁護士 小林俊明

被告 香川圭爾

右訴訟代理人弁護士 正木孝明

同 桜井健雄

同 井上英昭

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金四二〇八万円及びこれに対する昭和六二年八月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和六一年九月頃、被告との間で、被告が経営する神戸市須磨区東白川台一丁目一番地所在の香川病院(以下「香川病院」という)の営業の買受希望者を原告が被告に紹介してこの者と被告との間での右病院の営業譲渡契約の締結を仲介し、右契約締結を条件として、被告が原告に仲介報酬金五〇〇〇万円を支払う旨の仲介契約を締結した(以下「本件仲介契約」という)。

2  原告は、本件仲介契約に基づいて被告に対し訴外株式会社新田事務所(以下「訴外新田」という)を紹介し、同人と被告との間で左記のような病院営業譲渡契約が締結された(以下「本件譲渡契約」という)。

(一) 契約締結日 昭和六二年四月一七日

(二) 譲渡の目的物 香川病院の営業に属する左記各資産及び負債一切(昭和六一年一二月三一日現在の貸借対照表による)

(1)  別紙第一目録記載の各不動産

(2)  被告が所有する香川病院の機械装置、器具備品

(3)  被告が所有する薬品等貯蔵品

(4)  被告の未収保険診療報酬債権、被告が右病院経営のために借入れた借入金債務、その他一切の債権債務

(三) 譲渡代金 金一三億円

但し、

(1)  昭和六二年三月二五日(仮契約時)に金三〇〇〇万円

(2)  同年四月二〇日に金二〇〇〇万円

(3)  同年四月三〇日に金一億五〇〇〇万円

(4)  残金一一億円は、被告の債務につき訴外新田が免責的債務引受をなすことによって清算する。

3  ところが、被告は原告に対し、金七九二万円を支払ったのみである。

よって、原告は被告に対し、仲介報酬の残額金四二〇八万円及びこれに対する訴変更申立書の被告への送達の翌日である昭和六二年八月二六日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実のうち、本件仲介契約において、被告が原告に対し仲介報酬として金五〇〇〇万円を支払う旨の約定がなされた、とする部分は否認し、その余は認める。

2  請求原因2の事実は認める。

三  抗弁

1  仲介人としての調査義務違反による不完全履行

(一) 本件譲渡契約の解除

(1)  訴外新田は、昭和六二年三月二五日の仮契約時に金三〇〇〇万円を支払った(但し、これも左記〈1〉のとおり、同年四月一七日に実質的に取戻している)のみで、その余の約定代金を全く支払うことができなかった。すなわち、

〈1〉 訴外新田は、昭和六二年四月二〇日に支払うべき金二〇〇〇万円を調達することができず、同年同月一五日、被告をして被告の兵庫県社会保険診療報酬支払基金及び兵庫県国民健康保険団体連合会に対する診療報酬債権を訴外佐久間務に担保として譲渡させたうえ、同月一七日、右佐久間から被告をして金五〇〇〇万円を、利息月三パーセントという高利で借り入れさせ、その内金二〇〇〇万円を同月二〇日の本件譲渡代金の内金の支払に充て、残金三〇〇〇万円は訴外新田がこれを自己の資金繰りのために利用する(これは、仮契約時に支払った金三〇〇〇万円を取戻したに等しい)という有様であった。

〈2〉 しかも、訴外新田は、昭和六二年四月二八日、被告に対し、同月三〇日に支払うべき金一億五〇〇〇万円を同日に支払うことができないので、支払期日を二週間程延期して欲しい旨通知してきた。

〈3〉 右のような状況で、訴外新田には、残額金一一億円にも及ぶ債務を免責的に引受できる見込は全くなかった。

(2)  そこで、被告は訴外新田に対し、昭和六二年五月六日、債務不履行を理由に本件譲渡契約を解除する旨の意思表示をした。

(二) 原告の仲介人としての義務の不完全履行

(1)  原告は、訴外新田の支払能力について、全く調査をしなかった。

(2)  原告は、訴外新田の支払能力について、調査する義務を負っていた。

その根拠は、次のとおりである。

〈1〉 被告は、法律的に疎く、本件仲介契約においては、原告がその道に精通した者として、委細を委された。

〈2〉 本件譲渡契約の内容の特殊性

本件譲渡契約書の原案は、原告が作成したものであるところ、同契約においては、現金の支払は金二億円に過ぎず、残金一一億円は免責的債務引受の方法によることになっているが、これがいつまでにいかなる形でなされるべきものかについて具体的には何らの定めがない。しかるに、譲渡対象不動産の移転登記は譲渡日後双方協議のうえ遅滞なく行なうとされているのみならず、右債務の担保には、譲渡対象不動産のみでなく、別紙第二目録記載の各不動産も提供されており、訴外新田が実際に免責的債務引受を履行しない場合には、右各不動産が競売されるおそれも消えることなく存続し、被告は、結局において契約をした目的を達しないばかりか、甚大な損害を被る危険のある契約となっている。

〈3〉 原告は、遅くとも本件譲渡契約の締結日までには、訴外新田の支払能力について不安があること、すなわち、抗弁1(一)(1) 〈1〉の事実を知っていた。

(三) 以上のとおり、被告は、原告の仲介行為により本件譲渡契約を締結したものの、原告の仲介人としての義務の不完全履行により、契約をした目的を遂げなかったのであるから、被告は原告に対し、本訴請求の支払義務を負うことはない。

2  権利濫用

抗弁1の(一)、(二)の各事実に鑑みれば、原告の本訴請求は、権利の濫用として許されない。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1(一)(1) について

前文は否認する。

〈1〉は認める。但し、佐久間からの借入れがなされたのは、昭和六二年四月二〇日である。

〈2〉も認める。但し、被告は、訴外新田の支払期日延期要請を承諾したのである。しかるに、被告は、昭和六二年五月六日、突然、しかも原告に何の連絡もなく勝手に解除してしまったのである。

〈3〉は否認する。

2  抗弁1(一)(2) は認める。

3  抗弁1(二)(1) について、

否認する。原告は、興信所を用いたり、訴外新田の取引銀行に当たっての調査はしていないが、一通りの調査はした。すなわち、訴外新田の提供する資料を調べ、かつ原告の取引銀行である大和銀行三国支店を通じて調べたところ問題がないとのことであった。

4  抗弁1(二)(2) について

否認する。仲介人は、買受人を紹介し、その結果、その者と被告との間で契約を成立させればその義務を履行したことになり、買受人の代金支払能力までの調査義務を負うものではなく、契約成立後に代金不払いで当該契約が解除となっても、仲介人の報酬請求権には何らの影響を及ぼさない。ちなみに、仮に、訴外新田が約定の代金を支払えなければ、被告は訴外新田との譲渡契約を解除すればよいだけであり、被告が損害を被るおそれは何ら存しないのである。(なお、本件仲介契約締結後、原告は東奔西走して買受候補者を探したが、香川病院のように大きな負債を抱えた病院については、その将来性等について、買受候補者を説得できるだけの資料を作成し、種々の交渉を経て買受人を探さねばならないが、これは、大変な努力を要する作業なのである。)

〈1〉は否認する。原告は、訴外新田のほかにも何名かの買受候補者を被告に紹介したが、そのような中から訴外新田を選び、本件譲渡契約を急ぎ成立させたいと願ったのは、ほかならぬ被告自身である。

〈2〉のうち、本件譲渡契約書の原案を原告が作成したこと、同契約においては現金の支払は金二億円で、他は免責的債務引受の方法によることは認めるが、その余は否認する。

〈3〉は否認する。

5  抗弁2について

抗弁1の(一)、(二)の認否と同じ

第三証拠〈省略〉

理由

一  請求原因について

1  請求原因1の事実のうち、原告と被告間に本件仲介契約が締結されたことは、報酬約定の点を除いて、当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば、本件仲介契約において、被告が原告に対し仲介報酬として金五〇〇〇万円を支払う旨の約定がなされたことが認められる。被告本人尋問の結果のうち、右認定に反するかのような部分は、あいまいであり、右認定を覆すに足りない。

2  請求原因2の事実(本件譲渡契約の成立)は、当事者間に争いがない。

二  抗弁について

1  抗弁1(一)(本件譲渡契約の解除)について

(一)(1)  抗弁1(一)(1) 〈1〉の事実は、訴外新田が被告をして佐久間から金五〇〇〇万円を借り入れさせた日を除いて当事者間に争いがなく、その日は、〈証拠〉によれば、昭和六二年四月一七日であると認められる。〈証拠判断略〉。

(2) 同〈2〉の事実は、当事者間に争いがない。なお、原告は、被告が訴外新田の期日延期要請を承諾したと主張し、原告代表者は右主張に沿う供述をするが、被告本人尋問の結果に照らし、にわかに措信し難い。(付言するに、仮に、被告が右延期要請を承諾したと仮定しても、二週間経過後に訴外新田が約定の金員を支払い得たことを窺わせるに足りる証拠はない。)

(3) 同〈3〉の事実は、右認定の(1) 及び(2) の各事実、〈証拠〉により、これを認めることができ、訴外新田が金一一億円にも及ぶ債務を免責的に引受け得る見込があったことを窺わせるに足りる証拠は全くない。

(4) 右(1) ないし(3) の各事実によれば、訴外新田は、昭和六二年三月二五日の仮契約時に金三〇〇〇万円を支払ったものの、前示のとおり、同年四月一七日にはこれを実質的に取戻してしまったうえ、本契約が締結されてから後の約定代金は、これを全く支払うことができなかったものと認められる。

(二)  抗弁1(一)(2) の事実(訴外新田に対する契約解除の意思表示)は、当事者間に争いがない。

2  抗弁1(二)(原告の不完全履行)について

(一)  〈証拠〉によれば、原告は、訴外新田の支払能力については、特段の調査をしなかったことが認められ、右認定に反するかのような供述部分は、にわかに措信できず、他に原告が右調査をしたと認めるに足りる証拠はない。

(二)  そこで、原告が訴外新田の支払能力を調査する義務を負っていたか否かについて、判断する。

なるほど、原告主張のとおり、仲介人は、原則として、売買等の契約の成立を仲介するものであって、買受人の支払能力の有無についてまで一々調査する義務はないといってよく、したがって、仲介人の仲介行為によって売買契約が成立した後に当該契約が債務不履行その他の理由によって解除となっても、仲介人の仲介行為に対する報酬請求権には何らの影響を及ぼさないのが原則であるというべきである。

しかしながら、当該仲介契約の目的や内容、約定された仲介報酬額の多寡等に特段の事情があったり、また、仲介人において買受人の履行能力に不安があることを知悉し、もしくはこれを容易に知り得た等の特段の事情がある場合には、仲介人が買受人の支払能力について調査する義務を負う場合もあるものと解するのが相当である。

そこで、以下、右特段の事情の有無について判断するに、〈証拠〉によれば、次の事実が認められ、右認定に反する原告代表者の供述部分は、前掲各証拠に照らして措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。すなわち、

(1)  被告は、昭和六一年になって、香川病院の経営に行き詰りを感じ、多額の負債から逃れたいと思うようになり、同年九月頃、知人を通じて知った原告に対し、香川病院の売却方を依頼し、本件仲介契約に及んだものであるが、同契約を締結するに当たって、原告代表者は、被告に対し、自己が中小企業診断士の資格を持ち、経営コンサルタントとしてそれ相当の実績がある旨を述べ、被告は、自己が法律的に疎いこともあり、原告をその道の精通者として全面的に信頼し、売却先の選定、契約条項の作成、売却代金の支払方法の決定、売却代金の受領等広範囲にわたる大巾な権限を与えるとともに、委細を原告に委せ(なお、原告は、いくつかの買受候補者の中から訴外新田を選択したのは、ほかならぬ被告自身であったのであり、訴外新田の選択について原告には責任がないかのような主張をし、原告代表者は右主張に沿う供述をするが、〈証拠〉によれば、被告は、早く買受人が決まることを願ったことは認められるものの、訴外新田を選択したことについては、原告の勧めに従っただけで、況や原告のアドバイスに反して訴外新田を選択したような事実は全く認められない。)、無事香川病院を売却できたときには、原告に対し、金五〇〇〇万円という多額な報酬を支払う旨を約した。

(2)  ところで、本件譲渡契約の骨格・原案は原告が作成したものであるが、同契約においては、現金の支払いは金二億円に過ぎず、残額金一一億円は、免責的債務引受の方法によることになっているところ、それがいつまでになされるべきものか必ずしも明らかになっていない。香川病院の譲渡日は、金一億五〇〇〇万円の支払期日である昭和六二年四月三〇日と定められている(第四条及び六条)が、訴外新田において、免責的債務引受の履行が著しく遅れたり、それができなかったりした場合はどうなるのかについて、具体的には何らの定めもない。第八条但書によれば、銀行借入金等に対する免責的債務引受ができない間は、当該債権の担保となっている不動産の移転登記もしないでよいことになってはいるものの、訴外新田が引受けるべき債務の担保となっているのは、譲渡対象不動産のみではなく、別紙第二目録記載の各不動産も担保として提供されており、営業譲渡契約を締結して、病院の営業に関する一切の権利義務が原則として譲渡された後も、免責的債務引受のなされる見込が容易に立たず、いつまでもペンディングのような状況になれば、右各不動産が競売されるおそれがいつまでも消えず、被告としても、香川病院を売却して多額の債務から解放されたいという当初の契約目的を達せられないばかりでなく、大きな損害を被るおそれがあるというべきである。

したがって、金一一億円もの大きな金額についての債務引受が免責的に行なわれることによって初めて契約の目的を達する本件譲渡契約のような場合には、譲受人側にそれを履行する能力があるか否かについて十分な吟味を要するところである。原告は、この点について、訴外新田が約定を守らなければ、契約を解除すればよいだけで、被告が損害を被るおそれはないと主張するが、一旦営業を譲渡した後においては権利関係も複雑となり、途中で解除すれば色々と不測の事態が生ずることも予想され(殊に、昭和六二年一一月一二日になって発覚したことではあるが、訴外新田の代表者である新田修士は、暴力団と関係があるうえ、同月一一日、貸金業規制法、出資法違反で逮捕されたことを想起するとき、事態はより一層深刻となることが予想される)、また、訴外新田に支払能力がなければ、損害賠償請求権の行使も実効が期待できない場合もあり、また何よりも、被告として、原告に対し、当初の契約の目的を達しないのに、金五〇〇〇万円もの報酬を支払わねばならないとすれば、これが大きな損害であることは明らかである。

(3)  しかも、原告は、遅くとも本件譲渡契約を締結するまでには、前示1(一)(1) の事実、すなわち、訴外新田が、資金繰りに逼迫し、昭和六二年四月二〇日に支払うべき金二〇〇〇万円を調達することができず、同年同月一五日に被告の有する診療報酬債権を担保として佐久間務に譲渡させたうえ(このことは、本件譲渡契約書である前掲甲第一号証の特約事項の欄にも触れられている)、被告をして右佐久間から金五〇〇〇万円を月三パーセントという高利で借り入れさせ(訴外新田は、高利金融業者からさえも自己の名では借入れができないほどに信用をなくし、資金繰りが逼迫していた)、右被告が借入れた金員の内金二〇〇〇万円を被告に対する売買代金の内金の支払に充てるとともに、残金三〇〇〇万円は訴外新田が自己の資金繰りに充てる(仮契約時に支払った金三〇〇〇万円を実質的に取戻してしまった)という有様であった事実を知悉したほか、他にも、その気になれば、訴外新田について、支払能力に不安があることを容易に知り得たものと認められる。

(4)  右(1) ないし(3) の諸事実を総合して考えれば、本件においては、仲介人たる原告は、買受人である訴外新田の支払能力の有無について、調査する義務を負う特段の事情があったものといわなければならない。

3(一)  右2の(一)及び(二)に検討したところによれば、原告の本件仲介行為は、訴外新田の支払能力に関する調査を怠ったもので、不完全履行というべきである。

そして、そのために、前示1の(一)及び(二)のとおり、被告は契約の目的を達しなかったのである。

(二)  もとより、原告主張のとおり、香川病院のように多額の負債を抱えた病院の営業の買受人を探すというのは容易ではあるまい。種々のつてや情報網を利用して買受候補者を探すとともに、病院の資産・負債の明細から将来性に至るまで、買受意欲をそそるための資料を作り、買受候補者に会って直接説得するための出張等、原告にも相当の出費や労務の提供がなされたであろうことも想像するに難くない(これらの明細については、主張立証がない)。

(三)  しかしながら、右(二)の事情を十分考慮しても、右(一)の事実によれば、被告は原告に対し、既払金(金七九二万円)のほかに、更に支払義務を負う理由は到底ないものといわなければならない。

三  よって、その余の点について判断するまでもなく、原告の本訴請求は理由がないことになるからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 増山宏)

別紙〈省略〉

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